続、事業承継について考える!その3

経営者の皆様、いつも私のブログをご覧いただき、ありがとうございます。

大河ドラマ『真田丸』が始まりました。

真田家が最初に仕えていた武田家が滅ぼうとしているところから話が始まります。

そこで、ドラマを見ていて思ったのですが、家と会社の違いはありますが、武田家の滅亡って正に事業承継の失敗の話ですよね。

名将『武田信玄』の息子『武田勝頼』は、家督は相続しても、武田家の本当の強さは引き継げませんでした。

最後には、家臣の裏切りが相次ぎ、武田の家は滅びます。

真田丸が始まりました。

もちろん、『武田信玄』が当主であった時と、『武田勝頼』が当主であった時とでは、『織田信長』の勢力が桁違いに大きくなっているので、『武田信玄』と『武田勝頼』をそのまま比較することは難しいです。経営学でいうところの、外部環境が大きく違うのです。

又、『武田勝頼』は無能ではなかったとする研究資料もあります。

では、なぜ『武田勝頼』は武田家を滅ぼしてしまったのでしょうか?

歴史家でも何でもない私の意見で恐縮なのですが、武田家が滅んだのは、『武田信玄』が、家臣団の結束力という武田家の本当の強みを、息子『武田勝頼』に引き継げなかったためであると考えています。

『武田勝頼』は当初、武田の姓を名乗らず、『諏訪勝頼』と名乗っていました。

つまり、後継者とは見なされていなかったのです。なぜなら、武田家には長男の『武田義信』がいたからです。

しかし、『武田義信』は、今川家に対する考えの違いから、『武田信玄』と争い、粛清され殺されてしまいます。これにより、急遽、『武田勝頼』が後継者と見なされるようになりました。

しかし、時すでに遅し。それから間もなく、『武田信玄』は『織田信長』と雌雄を決すべく西に向かいますが、その途上で病死してしまうのです。

後見人として、『武田勝頼』を補佐する時間などありませんでした。

結局、『武田勝頼』は武田家の当主の座を引き継ぎますが、家臣団との折り合いが悪く、彼は、最後まで、この問題に苦しみます。

更に、『織田信長』という外部環境の変化も無視することは出来ず、急速な軍制改革も要求され、更なる家臣団の不興を買ってしまいます。

そのため、家臣団を従わせるには、結果を残さなければならず、だんだん無謀な賭けに手を出すようになっていきます。

そして、最後には、彼はこの賭けに負けてしまうのです。

会社の強みを引き継ぐのは、決して簡単ではありません。専門家の力を利用しましょう。

経営者の皆様、あなたはどうでしょうか?

事業承継を、ただ単に、財産を後継者に譲り渡せばいいだけと思っていないでしょうか?

それだと『武田信玄』と同じ過ちを犯してしまいます。

白石茂義公認会計士事務所・白石茂義税理士事務所・白石茂義中小企業診断士事務所では、会社の強みが何かを分析・検討することと、この強みを引き継ぐための体制を整備することまで含めた「事業承継」に関する経営相談に応じております。

特に、愛媛県松山市、今治市、新居浜市、西条市の経営者の皆様からのお問い合わせをお待ちしております。

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